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研究内容

成人学習者を対象とした日本語の対のある自動詞・他動詞に関する
第二言語習得研究

問題の所在

 日本語の自動詞,他動詞は,日本語教育において初級レベルで提示される項目である。 しかしレベルが上がっても,その習得は難しいとされる(注1)。

(1) *肉をフライパンに入ります。(英語母語学習者・中級)
(2) [発表の前に]*それでは、始まります。(中国語母語学習者・上級)

学習者だけではなく,多くの日本語教師も自動詞,他動詞が難しい文法項目であると捉えている 〔業績 学位論文〕。
 このような背景から,対のある自動詞,他動詞は日本語の第二言語習得研究の分野でも多くの関心を 集めており,自動詞,他動詞にはどのような困難点があるのか解明する試みがなされてきた。従来の 研究では,主に文法テストでの正答率に基づき,「他動詞の使用に比べて自動詞の使用が難しい」という 結果で一致をみている(注2)。この流れを受けて次は,実際の運用場面での学習者の使用を見ることで, これまでの知見を検証する必要がある。
(注1)市川保子編(1997) 『日本語誤用辞典』凡人社(注2)小林典子(1996) 「相対自動詞による結果・状態の表現−日本語学習者の習得状況−」『文藝言語研究言語篇』29号, 筑波大学文芸・言語学系37,小林典子・直井恵理子(1996)「相対自・他動詞の習得は可能か−スペイン語 話者の場合−」『筑波大学留学生センター日本語教育論集』11号, 筑波大学留学生センター,Morita, M(2004)The Acquisition of Japanese Intransitive and Transitive Paired Verbs by English-Speaking Learners: Case Study at the Australian National University.『日本語教育論集世界の日本語教育』 第14号, 国際交流基金日本語国際センター など

これまでの研究

「対のある自動詞,他動詞のうち得意な一方で多くの場面をカバーしている習得段階が存在する」

 実際の運用場面での学習者の使用を観察するために,横断的発話データ(KYコーパス)および 縦断的発話データ(サコダコーパス)の2つのコーパスを分析した。先行研究では,それぞれの動詞語彙を 自動詞,他動詞のいずれかに分類して,その自動詞群,他動詞群を比較して正用順序を見る方法が とられている。しかし,今回は,そのような従来からとられてきた文法規則習得という観点にこだわらず, それぞれの語の発達過程を見る語彙習得という観点(注3)からも合わせて分析を行った (図1.参照のこと)。

図1
図1. 従来の研究と本研究の観点
  分析の結果,従来の研究では他動詞に比べて自動詞が難しいとされてきたが,実際の使用を見てみると, 動詞対によってどちらが難しいかは異なり,他動詞の方が正しく用いられる場合と,むしろ自動詞の方が 正しく用いられる場合があるということが判明した。〔業績 論文-009, 010〕。

 コーパスの観察で得られた結果を受けて次に,構文的,意味的バリエーションに富んだ自動詞,他動詞の 使用を引き出して検証を行うために,視聴覚資料を材料とした実験(文完成タスク)を計画した。
 実験の結果をまとめると,学習者の自動詞,他動詞の使用は以下の4つのパターンに分けることができた。 すなわち,(A)テ形,辞書形,ナイ形いずれの活用形においても自動詞のみを使用している場合,(B)いずれの 活用形においても他動詞のみを使用している場合,(C)自動詞,他動詞が両方使用されるが,活用形によって 使用が固定している場合,(D)少なくとも1つの活用形において自動詞形,他動詞形のいずれも使用している. 場合という4つである。
 この結果,先行研究からの予測と異なり,学習者が使用する一方は常に他動詞というわけではなく, 動詞対によって,あるいは学習者によって自動詞であったり,他動詞であったりするということが判明 した。さらに,(A),(B)の使用パターンの存在から,習得段階として,得意な一方で多くの場面をカバー している段階があることが示唆された。また,(C)の使用パターンの存在から,一見,動詞対のうち自動詞, 他動詞の両方が使用される場合も,自動詞,他動詞を自由に使い分けているわけではなく,例えば,テ形は 他動詞,辞書形は自動詞,ナイ形は自動詞というように,活用形ごとに使用が限定される場合があることが 分かった。〔業績 論文-008〕。
(注3) それぞれの語の発達過程を見るという語彙習得研究のスタイルは,第一言語 獲得研究では既に岩立志津夫(1981)「一日本語児の動詞形の発達について」『学習院大学文学部研究年報』 27 に見られ,興味深い結果が報告されている。

「自動詞,他動詞を意識的に使い分けるかどうかは,母語によって異なる」

 発話の際,学習者は自動詞,他動詞の選択を頭の中で意識的に行っているのだろうか。自動詞,他動詞の 習得の解明には,その産出過程を探ることでもまた重大な手がかりを得ることができるであろう。そこで, 対のある自動詞,他動詞を引き出す4コマ漫画を実験材料にして,ストーリーテリングをしてもらい, その後に,発話の際に「自動詞,他動詞の使い分け」を意識したかどうかを問うインタビュー (半構造化インタビュー)を行った。
 実験の結果,中国語母語学習者の約半分(22人中12名)が,少なくともいくつかの動詞対で自動詞, 他動詞を意識的に選択して使用したが,韓国語母語学習者の多く(14名中12名)は,自動詞,他動詞を意 識せずに使用したことが分かった(詳しい結果は図2. 参照のこと)。この結果から,自動詞,他動詞の 使い分けが意識的になされるかどうかは,学習者の母語で異なることが示唆された。〔業績 論文-011〕。

図2
図2. 自動詞,他動詞を使い分けたかという質問への回答

「eru他動詞は,可能形と混同されやすい,まぎらわしい形態である」

 動詞の中には,学習者にとって「まぎらわしい」形態を持つものがあるのではないだろうか。中でも eru他動詞(例:調べる ,数える)は,五段動詞の可能形と同一形態で終わる動詞であり,可能形と 混同されることが予想される。
 学習者がeru他動詞を聞いた時,可能形と判断するだろうか。そこで,中国語母語日本語学習者を対象に して,他に何の手がかりもない状態で動詞語彙のみを提示する手法を用い,二肢選択テストで検証した。
 本研究の結果から,中国語母語学習者は中級,上級であっても,eru他動詞(例:届ける,数える)は 非eru他動詞(例:配る,探す)と比べて可能形と判断することが分かった。また,eru他動詞であっても 語によって可能形選択率に開きがあることが分かった。
 本研究を通して,他に何の手がかりもない状態で動詞語彙を聞いた場合,中級以上の中国語母語学習者は, eru他動詞を可能形と判断する場合があることが分かった。ただし,実際の発話場面では,学習者は 言語内外の文脈,助詞,名詞句の意味,文型など様々な手がかりを用いつつ場面を理解している はずである。動詞以外の手がかりが加わった時に可能形選択率がどのように影響されるかについては, 今後検証する計画である。〔業績 発表-015〕。

これからの研究

 これまでの研究を通して,日本語の自動詞,他動詞の習得段階を予測すると,自動詞群,他動詞群が まとまって習得段階を進むのではなく,それぞれの動詞対が個別に2つの段階を経て移行すると考えている (図3.参照のこと)。習得段階別に見た自動詞,他動詞の誤用を生む原因として,最初の段階では, 自他動詞対のうち一方しか使用できないことが挙げられる。ある動詞対について,その段階をクリア している場合の問題点は,自他動詞対の両方の動詞が自由に使用できるが,母語での自他動詞選択の志向が 日本語の志向と異なることである(注4)。

図3
図3. 日本語の自動詞・他動詞の習得過程とこれまでの研究の位置づけ

「自動詞,他動詞の形態の区別を記憶する助けになるものはないのか。」

 習得の一つ目の段階で、自動詞、他動詞が揃うためには、学習者は似た形態の二つの動詞のうち、どちらが自動詞で、どちらが他動詞かを正しく記憶する必要がある。日本語の自動詞,他動詞は,「開く―開ける」,「決まる―決める」のように対をなすものが多いという特徴がある。英語においても,rise-raise, lie-layのように形態が異なる自動詞,他動詞が存在し,これらの動詞対のうち,どちらが自動詞でどちらが他動詞かを区別して記憶することに困難を覚えた日本人は多いと思う。しかし,日本語の自動詞,他動詞はこのような異形態の自動詞・他動詞対が,英語よりさらに多く,主要な対応パターンだけでも9種類ある(注7)ことから,日本語学習者にとって自動詞,他動詞を区別して,正確な形態を記憶することは大きな負担となると考えられる。そこで,多くの日本語学習者にとって泣き所の一つである「形態の複雑さ」による問題を解決するために研究を行っている。その中で現在着目しているのは,人間の「誤り」を認知面から助けることで解決しようとするヒューマンエラー研究の応用である。

「母語が違っても世界を同じように切り取るのかという問いから出発して,自動詞,他動詞はどうして難しいのかを説明する。」

 二つ目の段階で問題になる,表現の志向が日本語母語話者と 一致しないことについては、「母語が違っても世界を同じように切り取るのか」という本質的な問い(注5) から,切り込んでいく。

 多くの先行研究が指摘するように日本語は事態の変化の結果を描く「ナル的表現」を好み,英語は事態の 原因である動作者を文中に明示する「スル的表現」を好む(注6)。

(3) 出発の日が決まった。 We have decided the date of our departure.
(4) この千円札,くずれますか。 Can you break this 1,000 yen bill for me?
                                      (以上の例は,吉川1995:193より)

 (3),(4)の例のように日本語では,だれがその行為を行ったかを明示しない,原因を語らない日本語の 文法形式(自動詞文)が好まれるが,英語では,誰が行ったかを表示する文法形式(他動詞文)が好まれる。
 この指摘を「世界の切り取り方」をキーワードにして説明し直したい。同じ状況を表現する場合, 日本語では<行為>の部分は切り落とし,<変化>,<結果>という情報だけを切り取り言語化するのに 対し,英語では<行為>,<変化>,<結果>のすべての情報が切り取られて言語化されるということに なる。
 具体的には、日本語母語話者と学習者で、ある同一の事象を描写する際、自動詞文を用いるのか、他動詞文を用いるのかという志向の傾向を明らかにするとともに、同一場面を描写する際に、学習者の母語ではどのような言語形式で描写するのかを明らかにする。
(注4)小林典子(1996)前出 においても自動詞,他動詞の習得段階は指摘されている。その段階が 語彙別に移行するものであるということが,本研究で指摘された新しい点である。(注5)動詞習得は, 時間軸のなかで起こる出来事を切り取って語彙と対応づける,いわば「世界(事象)を切り取る」作業だと 言われている。(今井むつみ・針生悦子2007『レキシコンの構築−子どもはどのように語と概念を学んで いくのか』岩波書店より)(注6)池上嘉彦 (1981) 『「する」と「なる」の言語学』 大修館書店, 吉川千鶴子(1995)『日英比較動詞の文法』くろしお出版, 影山太郎 (1996) 『動詞意味論-言語と認知の 接点-』 くろしお出版など(注7)市川保子編(1997) 前出,小林典子(1996)前出(注7)佐久間鼎(1936) 『現代日本語の表現と語法』pp.114-138., 厚生閣(くろしお出版より1983年復刊)

外国につながる児童を対象とした語彙の深さと推論力・学力の関係に関する研究


 国際化の進展に伴い、日本国内でも日本語を第二言語とする児童・生徒(以下、JSL児童生徒)の数が増加している。JSL児童生徒の日本語習得および教科学習が長期にわたって困難な状況にあり続けることについては、経験の長い日本語指導教諭であれば気づいていることである。しかし、一般的には、「子供だから日本語を自然に覚えるだろう」と判断され、早期に解決済みとされがちである。
 このように、表面上見えなくなっているのがJSL児童生徒の日本語習得の問題である。日常生活で友達と話せるようになると問題解決に至ったと考えられ、支援の対象から外され、通常学校に戻される児童が多い中、実は学級の中でひっそりと教科学習に問題を抱え、それを小学校卒業後も引きずる児童が多い。
 「日常生活では日本語ができるのに、教科教育で問題を抱えるJSL児童生徒の問題の根っこの部分を明らかにしてほしい。」という現場の要請がある。それが本研究のきっかけである。
 本研究は、JSL児童生徒の問題の根っこの部分には語彙力の深まりの未熟さが関係していると予測している。そこで、どのくらいの数の語を使えるのかという語彙の広さと言う従来の観点とは一線を画し、ある語をどれくらい適切に他の語と結び付けられ使用できるかという観点から児童の語彙力を測り、それと教科の学力の関係を明らかにする。本研究の結果はすべて調査協力校と共有し、明日からの教育および生活支援の改善のために還元される。
 この語彙力調査を、日本語を母語とする児童にも実施することで、日本語母語児童についてもつまずきを発見することができ、通常の学力試験では明らかにできない学力不振の原因を探るきっかけとなることが期待できる。